お知らせ
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嘘をつく罪
2026年01月26日嘘というものは、とても扱いが難しい。
会話の中では、場の空気を和らげる潤滑油のように働くこともあり、
「嘘も方便」と言われるように、時には必要だとされることもある。
しかし一方で、たった一つの嘘が、それまで積み上げてきた信用を一瞬で崩してしまうこともある。特に子どもにとって、嘘は大人が思っている以上に大きな影響を持つ。
子どもは嘘を見抜くための基準がまだ低く、語られたことをそのまま事実として受け取ってしまいがちだ。
それは、子どもが言葉そのものではなく、大人の態度や振る舞いを丸ごと見ているからなのかもしれない。
大人の嘘は、そのまま子どもにとっての「世界のあり方」になってしまう。嘘は心だけでなく、身体にも影響を与えるのではないか、と感じることがある。
人にはそれぞれ嘘のつき方の癖があり、それは職業や生き方と結びついて、身体の使い方や姿勢、表情にまで表れる。
そう考えると、身体そのものが、その人の生き方や内面を映し出す器のようで、非常に興味深い。「筋が通らない」と言われる人は、必ずしも善悪の判断を誤っているわけではない。
ただ、考えと行動に一貫性がなく、そのズレが積み重なっていく。
自分の本心とは違う選択を繰り返し、ちぐはぐな生活を続けていると、
やがてそれは心や身体に歪みとして現れ、説明のつかない違和感や不調を引き起こす。私たちの目の前に起きている出来事も、決して偶然の産物ではない。
それまでに行ってきた無数の意思決定、その積み重ねの結果として現れている。
隕石が突然頭上に落ちて意識を失うような、完全な偶然とは違い、
多くの場合、原因は自分の内側と静かにつながっているのだ。 -
母が亡くなって思うこと
2026年01月06日母が亡くなってから、
いろんな方にお悔やみの言葉やメールをいただきありがとうございました。
亡くなって思うのに人間には
社会的な死と肉体的な死があるのではないかと感じるようになりました。
母はずっと仕事をしてきた人で、仕事に大きな意味を見出していました。
だからこそ、仕事を辞めた時点で、生きる気力を少しずつ失っていったように思います。
これが、母にとっての社会的な死だったのかもしれません。
母はとても純粋な人で、考え方も思いも真っすぐでした。
宗教についても深い信頼を持ち、強い思いを寄せていました。
しかし、その純粋さゆえに、自分を変えられない苦しさやつらさにつながっていた面もあったように思います。
その点については、これから私が生きていく上での、ひとつの指針として考えていきたいと思っています。
母にとっての肉体的な死は、
認知症の症状が出始め、
自分一人では生活できなくなったことだったのではないかと思います。
体はもともと丈夫で、入院したこともありませんでした。
食べるものにもとても気を遣い、
自分が気に入ったものや、植物性中心の食事を長年続けていました。
一方で、自分が医療の現場にいたこともあり、
薬に対する信頼は強く、睡眠薬や安定剤などをよく服用していました。
薬箱の中には、常にたくさんの薬が入っていたように思います。
もともと偏頭痛を抱えていたため、
それを和らげるために、子どもたちが頻繁に母の首筋や肩を叩いていたことを覚えています。
これが、私が鍼灸師になろうと思った原点でもあります。
当時は一か所だけを叩くように言われ、その通りにしていましたが、
本来はそうすべきではありませんでした。
全体的な調整を行うべきだったと、今になって悔やまれます。
母は、月に一度ほど寝込むことがあり、1週間ほどするとまた元気になる、
ということを繰り返していました。
それが日常だったため、当時は特に不思議に思っていませんでした。
偏頭痛が激しく、2週間ほど寝込んだときに「お母さん、大丈夫?」と聞くと、
母は「母は強し」とだけ言いました。
その言葉は、今でも心に残っています。
健康にも非常に気を遣っていて、昔から肝油をよく飲んでいましたし、
子どもにも飲ませていました。
クロレラが流行った時期には、それもよく飲んでいました。
アルコールはほとんど飲まず、
ビールも一口飲めば「もういいわ」と言う程度でした。
おそらく、アルコールには弱かったのだと思います。
その一方で、薬への依存が、結果的に自分自身の首を絞めていたのかもしれないとも感じています。お正月のこの時期になると、母の手料理を思い出します。
お雑煮は、ブリとごぼうとほうれん草だけのとてもシンプルなものでしたが、
澄んだ出汁の味が印象的で、今でもはっきりと覚えています。
とても大好きな味です。
年末には親戚や近所の人たちが集まり、みんなで餅つきをしていた光景も思い出されます。こんな時代もあったものと感じながら新しい年を迎えたいと思っています。
ようやく海外に気兼ねなく行けると思うとワクワクします。
そんなワクワクをみなさんにお裾分けしたいです。 -
母が亡くなりました
2025年12月15日母が亡くなりました
母は認知症の状態で施設にお世話になっていましたが、
11月末あたりから食事がとれなくなり、呼吸が浅くなってきたと連絡がありました。
その知らせを受け、改めて母との思い出がいろいろとよみがえっています。
私が鍼灸の道に進んだのも、母の偏頭痛を治したいという素朴な気持ちが原点にありました。
また、祖父母の世話になり、祖父母の硬い肩を叩いていた記憶も、この道を選んだ理由の一つです。
だからこそ、母や祖父母と同じ世代で苦しんでいる方々の助けになりたい、と心から思ってきました。
祖父母が亡くなり、母もこのような状態になり、
私は「自分は何を目的に生き、何を根幹にしているのか」
が少し揺らぐような感覚を覚えています。
しかし、これまで出会い、先に旅立っていった多くの方々の思いは今も私の中に残っています。
その方々の思いを受け継ぐためにも、私は今の仕事を続けているのだと感じています。
そして、その思いを語り合える人が周りにいてくれることを、とても幸せに思っています。
母への介護が本当に良かったのかどうかは分かりません。
ただ、自分としては精一杯やったつもりです。
母から受けたもの以上のお返しができたかどうかは分かりませんが、18歳で家を出て一人暮らしを経験してから、家族のありがたさを強く感じるようになりました。
その恩返しが、岡山に帰ってくるという形で少しでもできていたらと願っています。
父も母も亡くなり、自分より上の世代がいなくなりました。
「自分たちがこれからの時代を担っていく」
などという大げさな気持ちはありませんが、私は、何か物質的なものを残す人間になりたいとは思っていません。
むしろ、形あるものではなく、人の心や記憶に残るような流動的な存在でありたいと思っています。
良い車や良い時計が欲しいわけでもありません。ただ、忘れ去られることが怖いだけです。
良し悪しは別にして、ずっと人の話題に出てくるような人間でいたい――そんな思いが、日々少しずつ膨らんでいます。
TikTokで有名になるのか、YouTubeで名が知られるのか、それは分かりません。
ただ、前を向いて生きていくことだけは確かです。本当にお母さん、ありがとう。
そして、これからも見守っていてほしいです -
瀬戸内芸術祭閉幕
2025年11月10日春から開催されていた瀬戸内国際芸術祭が、11月9日に閉幕しました。
私は夏と秋の開催期間を利用して、瀬戸内海に浮かぶ島々をめぐり、
すべての会場となった島を制覇しました。
どの島にも、美しい景観、個性的なアート作品、
そして温かい地元の方々との出会いがありました。
その中でも特に印象に残ったのは、直島です。
直島は、素晴らしいアーティストの作品が多く、子ども連れやカップル、一人旅でも楽しめる島です。
飲食店も充実しており、訪れるたびに新しい発見があります。
また、個人的に好きなアーティストは、伊吹島で《伊吹の樹》という作品を手がけた栗林隆さんです。
高見島には「お墓が2つある」という独特の文化があり、
伊吹島では「子どもが生まれたら生活の場を2つに分ける」という風習があることも知りました。
実際に訪れて初めて感じられる文化や人々の営みがあり、とても興味深く勉強になりました。
今回の体験を通じて、アートだけでなく、
地域の歴史や暮らしにも触れることができ、本当に貴重な時間でした。
次回の瀬戸内国際芸術祭も、ぜひまた訪れたいと思います。
絶対に行きます! -
今年の寄付
2025年10月16日自分も小さい頃、さまざまな家庭や社会の方々に支えられて生きてきた経験から、
何かの形で寄付をしたいという思いをずっと持っていました。
これまでも毎年、児童養護施設やクラウドファンディングなどを通して支援してきましたが、
今年は社会福祉協議会に寄付しました。
特にひとり親家庭や、経済的に困難な家庭への支援につながることを願っています。
わずかな金額ではありますが、少しでも力になれたらうれしいです -
21世紀美術館
2025年08月20日お盆休みの続きとして21世紀美術館に行きました。
かなり人が来ていて有名なプールの下から覗き込むところはもうほとんど朝から満員っていう感じでした。
ですので違うところをゆっくり散策しました。
若手の作家さんなど取り上げられていてとても面白かったです。
近くには、柳宗理の作品なども展示してあるミュージアムみたいなものもあり、
そこもとても面白かったです。
うちは柳宗理の食器や調理用具などをもう20年ぐらい使っているので、
使いやすく、機能美に優れたデザインっていうのは時を超えて愛されるのですね

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永平寺
2025年08月19日お盆期間中は福井県の永平寺に行ってきました。
禅宗曹洞宗の総本山であり、いろんな経緯があり行ってみたいと思っていました。
なかなか行けることができなかったので今回ようやく叶ったって感じです。
福井駅までは新幹線で行きそこからレンタカーを借りて30分位で着きました。
すごく観光地化されていてわかりやすい説明もあり、
観光客の方も世界中から来ていてとても穏やかな気持ちになれる場所でした。
もうかなり年月が経って手入れされていてとても趣を感じることができました。
実際行ってみて感じる気持ちを仕事などに応用できればと思っています。

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パワーX
2025年08月12日瀬戸内芸術祭に行った時に、「パワーX」という充電システムの会社の見学に行きました。
予約はしていなかったのですが、運よくすんなり入ることができ、
そこでスタッフの方からいろいろ説明を受けました。
パワーXはニュースでもよく取り上げられており、
次世代の蓄電池システムを応用して、
あらゆる形の充電システムを世の中に普及させることを目指しています。
私はこれから非常に興味を持っています。
特に、工場の内装はとてもきれいで、
常時5人ほどのオペレーターが働いており、全体でも40人ほどしかいないそうです。
また、工場の外にはプレハブ小屋のようなものがあり、
その中にパワーXの充電システムが置かれていました。
なんと30トンもの重さがあり、沈み込まないように特殊な仕組みが施されているそうです。
そのため、運搬も非常に難しく、船などで揚力を利用することもあるそうです。
だからこそ、現在造船業界が活気づいている理由のひとつだと納得しました。
工場は工場っぽくなくとても面白い体験でした。もし玉野にいかれる機会があれば、ぜひおすすめします。

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瀬戸内芸術祭
先日、瀬戸内芸術祭に行ってきました。
久しぶりの直島だったので、行き方を少し忘れていましたが、宇野港からフェリーで行きました。
ほとんどが外国人観光客で、日本人はまばらでしたが、暑い中たくさんの人が訪れていました。
どこに行くかは決めていなかったのですが、
「家シリーズ」のいくつかのスポットを回りました。
特に韓国人アーティストの作品が多かった印象です。
古民家を改造したミュージアムもあり、
古民家の運営に携わっている私にとって、とても勉強になりました。
中でも一番良かったのは「バレイギャラリー」という場所です。
安藤忠雄さんや草間彌生さんの作品がありましたが、
そこには今まで見たことのない草間彌生さんの作品もあり、
一瞬わからなかったものの、その形は非常に圧巻でした。
その近くに李禹煥さんの作品もありました。
李禹煥さんは最近オークションなどで高い作家なので気になっていましたが、
相変わらずその芸術的な意味がよくわからず、でもそれが魅力的でもありました。
何を表現したいのか理解できないところがクセになりそうです。
暑かったですが、多くの人が自転車で回っており、
外国人も電動自転車で山を登ったり下ったりしていました。
直島にはセブンイレブンもあり、食事に困ることもありません。
直島はまだまだこれから伸びそうな感じがします。
応援しています

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えがちゃん
2025年07月29日先週の土曜日、オリエンタルで施術をしていたときのことです。
来ていた方が、突然「なんか、あれ……」って言い出したんです。
「どうしたんですか?」と聞くと、外をじっと眺めていました。その視線の先には、
黒ずくめの、ちょっと異様な雰囲気の人たちがいて、
タクシーから次々と降りてきて、
目の前のファミリーマートの方へ歩いていったんです。するとそのお客様が、「あれ、もしかして……」とつぶやき、
「ちょっと行ってみよう!」ということになって、
僕とその方で一緒にファミマ方面へ向かいました。そしたら、なんと エガちゃん がいたんです!
どうやら何かの企画をやっていたらしくて、
「エガちゃんに“1万円ください”って言ったら、1万円もらえるらしいよ」
と教えてくれました。その方は「1万円ください!」ってちゃんと言ったんですけど
、実は「ちょうだい」って言わないといけなかったみたいで、
結局もらえなかった僕もその場にいたんですが、
エガちゃんねるの企画自体知らなかったし、
チャンネル登録もしていなかったので、ただただ様子を見てるだけでした。すると、エガちゃんが話しかけてきて、
「私の好きなバンドは何でしょう?」って聞いてきたんです。
僕が「何だったかなぁ……」と考えていたら、
「ブルーハーツ!」
と元気よく答えてくれて、
そのままタクシーに乗って去っていきました。ほんとに嵐のように現れて、
嵐のように去っていった出来事で、めちゃくちゃびっくりしました。
でも、もしかしたらその様子が エガちゃんねるのYouTube に載るかもしれません。
今からちょっと楽しみにしています。