お知らせ
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FUNDINNO
2026年08月10日新しくファンディーノを通じて投資をしました。
投資したのは、デバイスを使って、おむつ交換などのタイミングを把握・支援するプロジェクトです。
私は仕事柄、高齢の方や寝たきりの方のところへ伺う機会が多くあります。
そうした現場にいると、排泄の問題はどうしても避けて通れないものだと感じます。
だからこそ、こうしたデバイスによって、介護する側の負担を減らしたり、ご本人の状態をより正確に把握したりできるのであれば、一つの大きな解決策になるのではないかと思いました。
以前の私は、将来的には「ベッドそのもの」が高齢者のさまざまなデータを集める媒体になるのではないかと考えていました。
体温、睡眠、呼吸、心拍、寝返り、排泄など、ベッドの上で生活する時間が長い人ほど、ベッドから得られる情報は非常に多いからです。
ただ、現状を見ると、必ずしも「ベッドそのもの」がすべてを担う方向には進んでいないようにも感じます。
むしろ、これからはもっと小さなデバイスが、生活のあらゆる場所に置かれていくのかもしれません。
そして、それらが人間の状態を測定し、必要なときに知らせたり、場合によっては環境そのものを制御したりする。
私は、これは必ずしも悪いことではないと思っています。
年齢を重ねていくと、自分自身の感覚だけでは分からなくなってくることが、どうしても増えていくからです。
実際、先日も「何かおかしいな」と感じていたところ、すでに熱中症の状態になっていた方がいました。
本人の感覚だけでは、身体に起きている異変を正確に把握できないことがあります。
そう考えると、将来的には「自分の感覚」よりも、デバイスが収集した情報のほうが確かな場合も、当然出てくるのだろうと思います。
ただ、私自身は仕事柄、人間の「感覚」というものをとても大切にしています。
触れたときの感覚、表情、声、身体の微妙な変化。
数字やデータだけでは分からないものも、確実にあります。
だからこそ、これからは、
「感覚7割、外部から得られる情報3割」
くらいの感覚で、両方を大切にしていきたいと思っています。
人間の感覚をデバイスに置き換えるのではなく、感覚では分からない部分をデバイスに補ってもらう。
そんな関係が、これからの介護や医療、そして人間の生活の中では重要になっていくのかもしれません。
今回の投資も、単純に「この会社が儲かるか」という視点だけではなく、これから高齢化が進んでいく社会の中で、こうした小さなデバイスがどのような役割を持つようになるのか。
その可能性を、自分自身も体験しながら見ていきたいと思っています。 -
吉備中央町の豊かさ
2026年06月15日吉備中央町で畑をしているのですが、最近は生えてくる草の種類が以前と変わってきたように感じます。
近所の人とも「昔はこんな草はあまり見なかったよね」と話すことがありますし、
時期が少し違うはずなのに伸びる雑草も増えた気がしています。気候の変化も影響しているのかもしれません。畑仕事の合間には、近くの道の駅へ立ち寄るのが楽しみです。私のお気に入りは、何と言ってもばら寿司です。
街中で売られているものとは違い、アナゴやエビ、魚など具材がたっぷり入り、
甘めの錦糸卵としっかり味の付いた酢飯が絶妙です。
さらに上にも具材がのっていて、この内容で700円ほどというのは驚くほどお得だと思います。
もちろん、売られている品物は一般的な道の駅と似ていますが、ときどき思わぬ掘り出し物があるので、つい足を運んでしまいます。
移住してきた方が焼くパンも楽しみの一つです。
とても硬いパンですが、バターとはちみつをつけて食べると格別で、ほかではなかなか味わえないおいしさがあります。
また、母の昔の知り合いが育てているこだわりの卵も販売されています。
値段は少し高めですが、街中ではなかなか手に入らない品質で、特別感があります。
そんな道の駅に時々立ち寄りながら畑に通い、収穫した野菜を来られた方におすそ分けすることもあります。
地域の人との交流も楽しみの一つで、こうした何気ない時間がとても豊かに感じられます -
下瀬美術館
2026年05月20日世界一美しい美術館とも言われる下瀬美術館に行ってきました。
今回はバス、電車、徒歩での旅。
オリエンタルに来られている方が行かれたと聞き、私も行ってみたくなったのです。
実際に訪れて確信しました。
「瀬戸内海はアートの宝石箱になる」
瀬戸内芸術祭の作品群はもちろんですが、
もし世界の至宝が瀬戸内海に集まってくれば、
ここは今後さらに“人が寄り添う場所”になるのだろうと思いました。
近くには子どもを遊ばせられるパークもあり、
娘を連れてくればよかったなあと少し後悔
下瀬美術館 -
街録チャンネルスポンサー券
2026年05月06日今回、「街録チャンネル」のスポンサーをさせていただきました。
三谷さんがたった一人で続けていた頃から、ずっと見ています。
今でも毎日、欠かさず楽しみにしています。
このチャンネルのすごさは、「綺麗ごとじゃない人生」を真正面から届けているところだと思っています。
成功している人だけじゃなく、苦しんできた人、精神的に追い込まれてきた人、その“生の声”をそのまま世の中に出している。
だからこそ刺さるし、だからこそ力になる。
今回、児童養護施設への寄付という取り組みもあって、これはもう迷わずスポンサーとして関わらせていただきました。
こういう活動が広がることに、本気で意味があると思っています。
これからも、できる限り支え続けたいです。
このチャンネルは、ただのYouTubeじゃない。
人の人生を動かしているコンテンツだと思っています。
本当に応援しています。これからも突き抜けてください -
お彼岸のお参り
2026年03月25日この間のお彼岸、久しぶりに親戚の家に行ってきました。
祖父の兄弟にあたるおばちゃんなんだけど、
今も一人暮らしで元気に頑張ってて、たまに「体が痛いから鍼して〜」って頼まれるので、
今回もちょっと様子見がてら訪問。
で、母が亡くなってから家の整理をしてると、古いアルバムが出てきてびっくり。
中を見てみたら、自分の祖父のさらにそのおじいさんの写真まであって、「誰これ!?」ってなりながらも見入ってしまいました。
さらに驚いたのが、高祖母は狂犬病で亡くなったって話…。今ではなかなか聞かないけど、昔は本当にいろんなことがあったんだなと実感。しかも写真を見ると、顔がどことなく似てるから余計に不思議な感じ。
あと面白かったのが、
曾祖母の写真の中に、重盛三玲さんのお姉さんと一緒に写ってるものがあって、
「え、そんなつながりあるの?」ってびっくり(笑)
どうやら昔、家に遊びに行ってたみたいで、こういう話って後からじわじわ面白い。それから父の実家は加茂川の小倉城跡の近くなんだけど、
このあたり出身の人って意外と岡山市内にも多いみたいで、
この前オリエンタルに来られた人も「同じとこ出身!」って話になって、
世の中狭いな〜としみじみ。
ちなみに小倉城主の伊賀久隆の文献も結構残ってるらしくて、
前に小説を見せてもらったことがあるんだけど、内容はほぼ忘れました(笑)
ただ、裏切りに裏切りが重なる戦国時代の話で、「そりゃ大変な時代だわ…」って思った記憶だけは残ってます。
ちょっと怖いですね。
昔の話をたどると、ほんといろんな人生があって面白いなあと改めて感じた一日でした。 -
嘘をつく罪
2026年01月26日嘘というものは、とても扱いが難しい。
会話の中では、場の空気を和らげる潤滑油のように働くこともあり、
「嘘も方便」と言われるように、時には必要だとされることもある。
しかし一方で、たった一つの嘘が、それまで積み上げてきた信用を一瞬で崩してしまうこともある。特に子どもにとって、嘘は大人が思っている以上に大きな影響を持つ。
子どもは嘘を見抜くための基準がまだ低く、語られたことをそのまま事実として受け取ってしまいがちだ。
それは、子どもが言葉そのものではなく、大人の態度や振る舞いを丸ごと見ているからなのかもしれない。
大人の嘘は、そのまま子どもにとっての「世界のあり方」になってしまう。嘘は心だけでなく、身体にも影響を与えるのではないか、と感じることがある。
人にはそれぞれ嘘のつき方の癖があり、それは職業や生き方と結びついて、身体の使い方や姿勢、表情にまで表れる。
そう考えると、身体そのものが、その人の生き方や内面を映し出す器のようで、非常に興味深い。「筋が通らない」と言われる人は、必ずしも善悪の判断を誤っているわけではない。
ただ、考えと行動に一貫性がなく、そのズレが積み重なっていく。
自分の本心とは違う選択を繰り返し、ちぐはぐな生活を続けていると、
やがてそれは心や身体に歪みとして現れ、説明のつかない違和感や不調を引き起こす。私たちの目の前に起きている出来事も、決して偶然の産物ではない。
それまでに行ってきた無数の意思決定、その積み重ねの結果として現れている。
隕石が突然頭上に落ちて意識を失うような、完全な偶然とは違い、
多くの場合、原因は自分の内側と静かにつながっているのだ。 -
母が亡くなって思うこと
2026年01月06日母が亡くなってから、
いろんな方にお悔やみの言葉やメールをいただきありがとうございました。
亡くなって思うのに人間には
社会的な死と肉体的な死があるのではないかと感じるようになりました。
母はずっと仕事をしてきた人で、仕事に大きな意味を見出していました。
だからこそ、仕事を辞めた時点で、生きる気力を少しずつ失っていったように思います。
これが、母にとっての社会的な死だったのかもしれません。
母はとても純粋な人で、考え方も思いも真っすぐでした。
宗教についても深い信頼を持ち、強い思いを寄せていました。
しかし、その純粋さゆえに、自分を変えられない苦しさやつらさにつながっていた面もあったように思います。
その点については、これから私が生きていく上での、ひとつの指針として考えていきたいと思っています。
母にとっての肉体的な死は、
認知症の症状が出始め、
自分一人では生活できなくなったことだったのではないかと思います。
体はもともと丈夫で、入院したこともありませんでした。
食べるものにもとても気を遣い、
自分が気に入ったものや、植物性中心の食事を長年続けていました。
一方で、自分が医療の現場にいたこともあり、
薬に対する信頼は強く、睡眠薬や安定剤などをよく服用していました。
薬箱の中には、常にたくさんの薬が入っていたように思います。
もともと偏頭痛を抱えていたため、
それを和らげるために、子どもたちが頻繁に母の首筋や肩を叩いていたことを覚えています。
これが、私が鍼灸師になろうと思った原点でもあります。
当時は一か所だけを叩くように言われ、その通りにしていましたが、
本来はそうすべきではありませんでした。
全体的な調整を行うべきだったと、今になって悔やまれます。
母は、月に一度ほど寝込むことがあり、1週間ほどするとまた元気になる、
ということを繰り返していました。
それが日常だったため、当時は特に不思議に思っていませんでした。
偏頭痛が激しく、2週間ほど寝込んだときに「お母さん、大丈夫?」と聞くと、
母は「母は強し」とだけ言いました。
その言葉は、今でも心に残っています。
健康にも非常に気を遣っていて、昔から肝油をよく飲んでいましたし、
子どもにも飲ませていました。
クロレラが流行った時期には、それもよく飲んでいました。
アルコールはほとんど飲まず、
ビールも一口飲めば「もういいわ」と言う程度でした。
おそらく、アルコールには弱かったのだと思います。
その一方で、薬への依存が、結果的に自分自身の首を絞めていたのかもしれないとも感じています。お正月のこの時期になると、母の手料理を思い出します。
お雑煮は、ブリとごぼうとほうれん草だけのとてもシンプルなものでしたが、
澄んだ出汁の味が印象的で、今でもはっきりと覚えています。
とても大好きな味です。
年末には親戚や近所の人たちが集まり、みんなで餅つきをしていた光景も思い出されます。こんな時代もあったものと感じながら新しい年を迎えたいと思っています。
ようやく海外に気兼ねなく行けると思うとワクワクします。
そんなワクワクをみなさんにお裾分けしたいです。 -
母が亡くなりました
2025年12月15日母が亡くなりました
母は認知症の状態で施設にお世話になっていましたが、
11月末あたりから食事がとれなくなり、呼吸が浅くなってきたと連絡がありました。
その知らせを受け、改めて母との思い出がいろいろとよみがえっています。
私が鍼灸の道に進んだのも、母の偏頭痛を治したいという素朴な気持ちが原点にありました。
また、祖父母の世話になり、祖父母の硬い肩を叩いていた記憶も、この道を選んだ理由の一つです。
だからこそ、母や祖父母と同じ世代で苦しんでいる方々の助けになりたい、と心から思ってきました。
祖父母が亡くなり、母もこのような状態になり、
私は「自分は何を目的に生き、何を根幹にしているのか」
が少し揺らぐような感覚を覚えています。
しかし、これまで出会い、先に旅立っていった多くの方々の思いは今も私の中に残っています。
その方々の思いを受け継ぐためにも、私は今の仕事を続けているのだと感じています。
そして、その思いを語り合える人が周りにいてくれることを、とても幸せに思っています。
母への介護が本当に良かったのかどうかは分かりません。
ただ、自分としては精一杯やったつもりです。
母から受けたもの以上のお返しができたかどうかは分かりませんが、18歳で家を出て一人暮らしを経験してから、家族のありがたさを強く感じるようになりました。
その恩返しが、岡山に帰ってくるという形で少しでもできていたらと願っています。
父も母も亡くなり、自分より上の世代がいなくなりました。
「自分たちがこれからの時代を担っていく」
などという大げさな気持ちはありませんが、私は、何か物質的なものを残す人間になりたいとは思っていません。
むしろ、形あるものではなく、人の心や記憶に残るような流動的な存在でありたいと思っています。
良い車や良い時計が欲しいわけでもありません。ただ、忘れ去られることが怖いだけです。
良し悪しは別にして、ずっと人の話題に出てくるような人間でいたい――そんな思いが、日々少しずつ膨らんでいます。
TikTokで有名になるのか、YouTubeで名が知られるのか、それは分かりません。
ただ、前を向いて生きていくことだけは確かです。本当にお母さん、ありがとう。
そして、これからも見守っていてほしいです -
瀬戸内芸術祭閉幕
2025年11月10日春から開催されていた瀬戸内国際芸術祭が、11月9日に閉幕しました。
私は夏と秋の開催期間を利用して、瀬戸内海に浮かぶ島々をめぐり、
すべての会場となった島を制覇しました。
どの島にも、美しい景観、個性的なアート作品、
そして温かい地元の方々との出会いがありました。
その中でも特に印象に残ったのは、直島です。
直島は、素晴らしいアーティストの作品が多く、子ども連れやカップル、一人旅でも楽しめる島です。
飲食店も充実しており、訪れるたびに新しい発見があります。
また、個人的に好きなアーティストは、伊吹島で《伊吹の樹》という作品を手がけた栗林隆さんです。
高見島には「お墓が2つある」という独特の文化があり、
伊吹島では「子どもが生まれたら生活の場を2つに分ける」という風習があることも知りました。
実際に訪れて初めて感じられる文化や人々の営みがあり、とても興味深く勉強になりました。
今回の体験を通じて、アートだけでなく、
地域の歴史や暮らしにも触れることができ、本当に貴重な時間でした。
次回の瀬戸内国際芸術祭も、ぜひまた訪れたいと思います。
絶対に行きます! -
今年の寄付
2025年10月16日自分も小さい頃、さまざまな家庭や社会の方々に支えられて生きてきた経験から、
何かの形で寄付をしたいという思いをずっと持っていました。
これまでも毎年、児童養護施設やクラウドファンディングなどを通して支援してきましたが、
今年は社会福祉協議会に寄付しました。
特にひとり親家庭や、経済的に困難な家庭への支援につながることを願っています。
わずかな金額ではありますが、少しでも力になれたらうれしいです